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出戻り社員の挑戦──独立し経営者を経験したからこそ見えた真実 K. Hashimoto

K. Hashimoto
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ドトールコーヒーの業態のひとつであるエクセルシオール カフェにおいて約50の店舗の運営管理を統括する橋本 賢人。彼は一度自分の店を立ち上げるためにドトールコーヒーを辞め、そして再度入社することを選んだ珍しい社員です。そんな稀有な経験から学んだことと、橋本だからこそ発見できた真実に迫ります。

新卒の熱に当てられて独立。夢をかなえて感じた“違和感”

エクセシオール カフェでの店長経験やショップコンサルタントを経て、店舗運営や社員の育成に奔走する橋本 賢人。人材育成への興味を軸に、これまでのキャリア形成をしてきました。

前職は居酒屋で店長をしていました。フランチャイズをもらい受けて独立できる制度があったのが魅力的でした

しかし、居酒屋は深夜までの営業が当たり前。もう少し働きやすい環境を──と考えていたときにドトールと出会い、入社を決意します。

入社後数年は、広島でドトールコーヒーショップの店長を歴任し、その後、本社人事部へ異動。それは、橋本本人たっての希望でした。

元々飲食業界に入ったのも人を育てることへの興味からでした。もっとそれを追求してみたくて、人事部への異動も希望を出しました。
店長の一番の仕事は人を育てることだと思いますし、アルバイトの子たちにとってドトールがはじめての仕事であることも少なくないので、そんな子たちに社会人の入り口として一番初めの教育をしてあげられるのは、今でも店長のやりがいだと思っています

しかし、2013年に橋本はドトールを退職するという決断を下しました。

ドトールの人事部で働いていく中で、ずっと自分の店をやってみたいという想いがありました。ドトールの仕事が好きで人事に行ったんですけど、新卒の子たちの『こんなことをやりたい』と夢を語る姿を見ていて、感化されたんです。自分も新卒のときは夢を語っていたのに、このままチャレンジせずに終わっていいのかな、と

こうして橋本は広島にカフェ&バーをオープンしました。しかし、そこで感じたのは理想とのギャップでした。

生きていくのに困らないほどの売上はあったんですけど、朝から晩まで働いても大きな儲けはなかったんです。続けようと思えば続けることはできるけど、思ったより楽しくないな、と。
一人ひとりのお客様とはより深い関係性を築くことができるのですが、ドトールのときと比較すると当たり前ですが価値提供できる人数は少ないんです。自分にとってはより多くのお客様への価値提供の方が、よりやりがいを感じるということにあらためて気づきました

経営者でなければ経営者視点は身につかない

▲ 自分で経営していたお店のパーティーメニュー

そんな折、橋本に声を掛けてきたのはドトール時代の上司でした。

店舗を運営する上での悩みや苦労を、当時直営の統括で元人事部の上司が人伝に耳にしたようで、『戻ってこないか』と誘ってもらいました。退職時は、戻ってくるつもりはなかったんですけどね(笑)。
カッコ悪いじゃないですか。以前にも『やめるんだったら直営のほうに来ないか』って言ってもらっていたのに、それをお断りしたんですが、もう一回言ってくれたのが嬉しくて、復帰を決めました

2015年、橋本はドトールコーヒーショップの店長として舞い戻りました。その後、フランチャイズ店舗のショップコンサルタント、エクセルシオール カフェ直営店でのスーパーバイザー(SV)へと仕事のフィールドを移します。

ドトールに戻ってこようと思った一番の理由は、人事部にいたときに自分が採用に携わった子たちのキャリア形成に少しでも関わりたいなと思ったから。独立やフランチャイズのショップコンサルタント(SC)を経た上で、直営店のスーパーバイザーになれば、より経営者目線で成長を促すことができると考えていました。
私は独立をして、結果的には失敗をしてドトールに戻ってきているので、オーナーの目線は当事者としてわかりますし、ショップコンサルタントの目線でも語ることができます。この両軸の視点をしっかりと店長たちに伝えていかなければという想いでSVをやっていました

しかし、この経験をもってしても、直営店を運営する難しさを感じたと橋本は言います。

直営店の店長は、フランチャイズ店舗の模範になる店舗をつくらなければなりません。責任重大ではあるものの、本当に見本になるためには経営者目線を持つだけではなく、経営者として店舗を運営しなければいけません。でもそれって不可能ですよね

「実際に経営者ではないのだから、経営目線は永遠に身につくことはない」と橋本は言います。

独立前に店長として経営目線で店舗を運営していましたが、独立して自分のお財布で店舗を運営したときに、それまでとは異なる危機感を憶えたんです。昨今の外出自粛が続く社会情勢の中でも、直営の店長が感じている危機感とフランチャイズのオーナーが感じているものはまったく質が違うと思います。
ドトールの根幹のビジネスはコーヒーの卸売りであり、それを支えているのはフランチャイズビジネスです。この差は絶対に埋まらないことをわかった上で、どうやったらフランチャイズ店舗のオーナーのためになる直営店舗がつくれるのかを考えていました

50店舗ものエクセルシオール カフェ直営店の運営管理をするようになった今も、この差を埋める答えを追い求めています。

成功のカギは店長たちを巻き込んでチャレンジすること

▲ ドトール復帰後、最初に赴任したシャミネ松江店

直営店舗だからこそ、失敗を恐れずチャレンジして、その中から成功事例をつくってフランチャイズ店舗のオーナーに還元していかなければなりません

フランチャイズ店舗のオーナーにとって、ひとつの失敗が大きな負担になる。しかし、直営店舗とはいえチャレンジしきれない部分もある、という大きな壁に橋本は今直面しています。

失敗するか成功するかなんて正直やってみなきゃわからないこともあります。そんな中で企画をして実行するまでのハードルもありますし、やはり店長自身が企画しなければ本気で楽しめないと思うんです。本気で楽しんでやってくれないと企画は成功しませんから

模索する日々を過ごす中で、訪れた新型コロナウイルスの流行──危機ではありながらも、店長たちとのコミュニケーションの取り方に良い変化がありました。

今までは企画を考えたり話し合いをするのは会議室だったので、店舗から離れづらい店長は不在のまま、SVや上司と話すことが多かったんです。しかし、Web会議が当たり前になりつつある今、距離を気にせずに店長も参加できるようになりました。こういった仕組みを活用して、店長たちを巻き込んでいろんなことにチャレンジしていくのが成功のカギだと思っていますよ。
大阪の店舗も担当しているのですが、県外への動きが制限されているため、Web会議で面談をしています。時にはオンラインで飲み会をして、コミュニケーションをとっていますよ。こういうものを積極的に取り入れてやっていく方が、より良いものを生み出していくのかなと感じますね

新型コロナウイルスの流行前にももちろんWeb会議は実施されていました。しかし、どうしても感じてしまう会わないことへのネガティブな感情。この危機はネガティブな感情を塗り替え、橋本と離れて店舗を運営する店長たちの心の距離をも埋めたのです。

固定観念にとらわれずチャレンジすることの大切さ

▲ 遠方の社員ともWeb会議を通じたコミュニケーション

店長たちとのコミュニケーションを重ね、日々前進する橋本。そんな橋本の仕事に対する姿勢の根底には「守破離」という言葉があります。基礎を「守」り、その上に自分らしさを肉付けすることでそれを「破」り、自分のものにしていくことで型から「離」れる──そんな芸道や芸術における概念を、橋本は重んじているのです。

すでに決められた物事に対して、こうした方が良いのになと思うことでも、まずはやってみる。基本の「守」っていうものをしっかり固めて、その上で『もっとお客様に喜んでもらうには?部下が成長するにはどうしたらいいんだろう?』と柔軟に考えていくのが重要かなと思っていますね。
今100人近くの部下がいますが、それぞれにマッチする指導方法は変わってくるので、自分の中で絶対をつくらないようにしています

基本を守りながらも、固定観念にとらわれずにチャレンジしていく。この橋本のスタンスは社員の育成という面でも表れています。

育成する上で一番大事にしているのは転ばぬ先の杖を与えず、いかに失敗させてあげられるかです。仕事をしていく上でも、生きていく上でもいろんなことにチャレンジしていくことを考えたら、失敗しないことよりも失敗した後の起き上がり方を学ぶ方が絶対に重要です

仕事をしていく上でも生きていく上でもチャレンジしていくことは変わらない。そうであれば、「チャレンジは怖いもの」という固定観念を溶かし、「学びのあるもの」であると橋本は社員に伝えています。

社会人としての市場価値を高めるという意味では、成功するかどうかという微妙なラインに挑戦して、4、5回に1回くらい成功をつかむというチャレンジの仕方をしないと成長はしません。
上司としては失敗をさせてあげられる心理的安全性を確保し、失敗すること前提でその後のフォローアップを考えておく必要があります。スーパーバイザーや店長たちにもいかに失敗させてあげられるかという部分に挑戦していってほしいですね

独立という「離」を焦り、一度失敗したと語る橋本。現在は多くの店長やSVたちと、新たな「破」を探し求めています。

いつか大きな「離」を達成するために──橋本の挑戦は始まったばかりです。

T. Kusano
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M. Sato